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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2485号 判決

控訴人 甲野一郎

同 乙山花子

被控訴人 甲野二郎

同 甲野咲子

右両名訴訟代理人弁護士 江藤鉄兵

同 紙子達子

被控訴人 甲野三郎

主文

原判決を取り消す。

控訴人らと被控訴人らとの間で、東京法務局所属公証人伊尾宏作成昭和四六年第三五〇号遺言公正証書による甲野太郎の遺言が無効であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人及び被控訴人甲野三郎は、控訴棄却の判決を求めた。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件の遺言公正証書が法定の方式に従い真正に作成されたものかどうかについて検討する。

1  《証拠省略》中には、遺言者である甲野太郎は、遺言をするにつき証人となったA、B、受遺者となった被控訴人甲野二郎、遺言執行者となった被控訴人甲野咲子と一緒に公証人役場に赴き、みずから公証人に対して遺言の内容を口授したうえ、公正証書の原本に署名、押印をしたとの供述があり、これらの供述によれば、本件の遺言公正証書が法定の方式に従い真正に作成されたことは疑問がないかのようである(もっとも、《証拠省略》によれば、遺言につき証人となったA及びBの両名は遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する際にはその場に立会っていなかったかの如くであり、被控訴代理人の原審提出の準備書面も右証言を引用してこれと同じ事実関係を主張している。もしそれが真実とすれば、本件遺言公正証書の作成については民法九六九条一号違反の疑いがある)。

2  しかし、《証拠省略》中には、右遺言公正証書中の「甲野太郎」の署名が同人の筆跡とは異なるとの部分があり、この点が前記供述を採用するうえでの障害となる。もっとも、《証拠省略》によれば、右鑑定書において対照資料とされた甲野太郎の署名は、昭和八、九年の同人が三七、八才ころになされたもので、右の遺言当時までに相当の年数を経ていることが認められるが、《証拠省略》によれば、一般に、筆跡は、小学校のときと成人になってからとでは相違することがあっても、成人になってからは変化が少なく、とくに署名の場合には、他の筆跡と異なり、恒常性、安定性があり、年数を経ても固有癖は変らないことが認められるから、対照資料が古いことは必ずしも前記障害を除去するものではない。

3  そして、本件の遺言公正証書中の「甲野太郎」の署名は、一見して筆勢が強く運筆もしっかりしていることが認められるが、《証拠省略》によれば、右遺言公正証書を作成した当時の甲野太郎は、老令(七五才)のうえ、糖尿病や心臓病のため入限院をくりかえした後であって、字を書くのをおっくうがり、印鑑証明書の交付申請書に記載すべき氏名も代筆させるほどであったことが認められること、《証拠省略》によって甲野太郎の筆跡であると認められる甲第一三号証中の署名は、筆勢も弱くたどたどしさが強く認められること(甲第一三号証の作成日時は明らかではないが、《証拠省略》中に「甲野」という字は病気の影響でそのようになったのかも知れない旨述べた部分があることからすると、公正証書の作成時期とそれほど隔ってはいないと認められる。)などの事情をあわせ考慮すると、右遺言公正証書中の「甲野太郎」の署名が遺言者たる甲野太郎本人によってなされたとのことについてはどうしても疑問をぬぐい去ることができず、かえって《証拠省略》を総合すると、右遺言公正証書中の「甲野太郎」の署名は右甲野太郎本人によってなされたものではなく、何人か他の者によってなされたと認めるのが相当である。

したがって、前記1掲記の各供述は採用することができない。

三  そうすると、本件の遺言公正証書は、民法九六九条所定の方式のうち、少なくともその四号に反するもので、その余の点につき判断するまでもなく、無効といわざるをえず、したがって、右公正証書による遺言の無効確認を求める控訴人らの本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は失当であるから、民訴法三八六条に従いこれを取り消し、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 前田亦夫 太田豊)

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